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龍の棲む家

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龍の棲む家
玄侑 宗久 (著)
単行本: 156ページ
出版社: 文藝春秋
発売日: 2007/10

作者は2001年、『中陰の花』で芥川賞受賞している僧侶。
タイトルに惹かれた。
龍を何に喩えているのだろうか? と。

帯に書かれた内容紹介
父が呆けたと兄から知らされ、家実へ戻ってきた幹夫は、
記憶をさまよう父と出かけた公園で、介護のプロ・佳代子と出会う。
父の散歩につきあい、大切な誰かを演じ、いっしょに父の
記憶のおもちゃ箱をのぞきこむうち、二人は…待望の最新小説。

龍がもとめるのは、なくしてしまった珠。
・・・・「団欒」という、光の玉。


わたしは15年前に夫の母が認知症で逝ったので、
あの頃と重なることもあり追体験する感覚で読んでいた。
認知症患者は健常者と異なる時空間を
生きていることを実体験で学んだ。
当時「否定するようなことを言ってはいけない」と
教わっていたので会話を巧く合わせながら
義母はいつにタイムスリップしているんだろうかと
考えることで問題を解決していたことを思い出した。
子ども時代から娘時代・・・義母の年齢が変わると
接する人間の役も変わって
わたしも家のお手伝いさんになったり、
商売をしていた義母の実家の従業員になったり、
弟さんのお嫁さんになったり、
まともな時はちゃんと
実の息子の嫁になったり(笑)していた。

小説は生活臭が薄く小奇麗にまとまっている。
介護するふたりが一般の暮らしから軌道を外せる立場なので
理想的な介護ぶりだ。
作者が僧侶ということもあり教育的要素も強く介護の勉強にもなる。


なにかの欠損や不足に生きているというより、
むしろ無限にちかい過剰のなかに漂っている・・・
症状ではなく、表現と見ることが大切なのだ。

と、作者は認知症を見ている。

わたしも当時、義母の混乱した心のデータファイルを
ひとつひとつ開いて確認していくように接していた。

現代人が自分探しをしながら生きるということも
結局は同じことだろう。
欠落しているのではなく過剰の中から見つけるのだ。

どこか懐かしい感覚を思い起こさせてくれる作品だった。


龍の棲む人の心は超常の世界にありて変幻自在
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鍵付き様

>白龍を懐収めぴかぴかと智円妙月八岐照らし

≪返歌≫龍のいく飛沫をあげて海のうえ空と交わる妙月冴えて

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