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劇団どろ「動員挿話」(2)感想

どろの芝居小屋30周年記念公演vol.3
どろんこ塾第11期生修了公演
 
劇団どろ「動員挿話」
作/岸田國士 演出/合田幸平
会場/どろの芝居小屋

キャスト
宇治少佐/山室一貫、少佐夫人鈴子/渡辺志加子
女中よし/熊代圭子(11期生)
馬丁友吉/八木進(5期生)、友吉妻数代/鳥井かごめ(7期生)
従卒太田/中島英雄

あらすじ
明治37年、日露戦争中のこと。宇治少佐にも動員命令が下る。将校は馬丁を一人連れて行かねばならない。兵士でない馬丁に義務はないが、少佐は馬丁友吉に同行を求める。友吉の妻はそれを拒否する。悩む友吉…。
「戦争に行くのが偉いなら、行かないことだって偉い筈よ。そうでしょう、人を殺さないですむんですもの…。」



二幕・上演時間1時間の作品。
この作品は多くの劇団でも上演されている名作だ。
どろは1993年以来の再演。

プログラムに書かれた演出・合田さんの挨拶文は
毎回秀逸で芝居に込められた思いを理解しやすい。

 いよいよどろの芝居小屋での最後の公演になりました。物事にはいずれ終わりがあるもの。覚悟はしていましたが、やはり31年の長きにわたり芝居づくりに勤しんできた場所を去ることには感慨もあります。もっとどろらしい、というとブレヒトの新作でも総力を挙げて華々しく取り組んでフィナーレを飾りたいとの思いもありましたが、私自身にも劇団にも、もうかってのような活力がなくなっているのが現実で、これが精一杯、このような形になりました。しかし今回選んだ『動員挿話』は小屋で上演した60ほどの作品の中でも、特別な、記憶に残る舞台です。ソマリアや中東に自衛隊が出かけて行ったり、改憲議論が強まる今、この作品を再演することは、ある意味一番ふさわしいかもしれません。
 初演では、数代の強烈な愛と自己主張、そこから来る反戦的言動に目を奪われ、多少一面的な芝居になったかもしれませんが、今回は少し余裕を持って全体を眺め、少佐や少佐夫人の表に出ない心の動きに目配せがいくようになりました。しかし、やればやるだけ、この芝居の奥の深さに足を絡めとられるようです。しかし、矛盾は矛盾として提示し、結論ありき、ではなく細部の丁寧な積み上げの中から、岸田國士の、そして人間の、謎に迫っていきたいと思っています。
 最後になりましたが、これまでのどろの芝居小屋へのご愛顧に心より感謝申し上げます。

プログラムから一文字ずつ打ち込んでいくと一層言葉が心に沁みてくる。
うまく言えないけど・・・この合田さんの感性がわたしには響く。
わたしが合田ファンでいる理由はこのへんにある(*^^*)


そして、もうひとり少佐夫人鈴子役の渡辺志加子さんも
合田さんに次いでわたしの尊敬する人。
彼女の芝居は自然体で沁みこむ演技をしてくれる。
過去録参照→一人芝居「花いちもんめ」
鈴子を演じるにあたり書かれたコメントもいい。

私は人間の心の中の悲しみ、怒り、寂しさ、片よったプライドなど、日常の生活の中で隠しているマイナス部分が、輝いて演じられると心ゆさぶられる。数代は激しく、鈴子は内に秘めながら、表し方は違っていてもこのマイナスの一面にやっぱり心ゆさぶられる。


終演後に志加子さんがニコニコ微笑みながら仰った
「老体に鞭打ってがんばったわー(笑)」

ベテランの演技力で少佐夫婦がググッと芝居を日常のリアルさにしてくれている。
一貫さんの迫力ある声や風貌は威厳があり(お腹の出っ張りも・笑)
男尊女卑が支えてきた一時代を体現している。
鈴子も声が若く明るく役とのギャップなど感じることなどなく
かえって落着きと品のある身のこなしがピッタリあてはまった。

従卒は会話も少なく律儀な性格が中島さんそのものでいい味がした。
女中よしは強烈な印象でのほほんとした感じがよく出ていた。
ラストで悲鳴をあげ腰砕けの状態で途中立ち上がりかけて
這っていく姿がリアルだった!

友吉は、あの優柔不断さが八木さんの優しい面とダブって見えた。
ああ、彼だ・・・あの八木くんだ!
役者の持っている本質的なものが舞台では滲み出てくる。
舞台中央で褌姿になってのセミヌードの着替え@@
女中よしが着替えを手伝うのに照れもあってか
服を脱ぐのにちょっと躊躇している・・・

「戦争に行くといったら待遇も変わるなぁ」と
褌姿でさらしを身体に巻いていくシーンは
おお、でた! やっぱり岸田國士だ! と
期待通りの場面だった。

過去に見てきた岸田作品には、必ずワンポイント的に
意外なシーンがあった。
足のマメをつぶしたり・・・恋仇に花占いで恋の勝負をもちかけたり・・・
舞台中央での褌姿は、この友吉という男の軽薄さを
何も身につけないというシチュエーションで表していて
ポリシーも生き方も考えない素の愚かしさを表現していてスゴイと感じた!

数代は鈴子と相対する役どころ。
「戦争に行くのが偉いのなら、戦争に行かないことだって偉いはずよ。さうでせう、人を殺さないですむんですもの・・・」
この台詞がこの芝居の芯だ。
登場はまず少佐夫婦の会話から人物像を浮かび上がらせて、
数代の台詞から3度結婚していて、友吉とは死んでも添い遂げたいと
願っている女心を語らせ核心を掘りこんでいく・・・
脚本の巧さにうっとりする。

はじめから狂気を感じさせすぎているのが惜しい気もしたが
迫真の演技だった。
鈴子が自然体だっただけに、演技の強張りが
異常さをさらに強調し対照的。

芝居を見に行くと、必ず自分自身が演じるなら・・・と考えてしまう。
あの狂気の度合のコントロールが難しそうだな。
初めの結婚で亭主に病死され、2度目では浮気され捨てられ、
3度目の正直と、こんどは亭主が死んだら自分も死ぬと。
浮気されないように出先には自分もついていくのだと。
失敗に終わった過去の結婚を踏まえて暮らしを支えてきた女。
苦労して3度めの結婚にこぎつけたことは会話の中で徐々に明かされ
背水の陣で男との暮らしを守っている女なんだと認識。

女が守ろうとしているのは他の登場人物のもつ
世間体や見栄や愚かしい自尊心などではなく、
ただ自分に課した愛の成就なのだ。
愛が成就するのはカタチではない。
3度の結婚で結婚が終結ではないことを身をもって知っているから
愛をまっとうするのは互いの素直な心だけなのだと信じて、
それを貫けずに挫折してラストに繋がっていく。

ラストの場面、うーん、
あのとってつけたような友吉の叫び方が気になったが・・・
違う違う、嘘だ嘘だを呟かせ、呆然とへたり込み暗転。

人は自分と波長の違う次元で正直に
生きようとすれば喜劇かまたは悲劇になる。
世の中はみなそれぞれだけれど同じステージにいるものだ。
同調を拒み特別な主張をすれば周囲にはじかれるか
自分からステージを降りねばならない。
ステージを降りて新しい次元へ旅立てるならそうしたいが・・・、
現実は不本意でも合わせていくか孤独に耐えるかだ。

わたしたちは同じ波長をもった人を求めて・・・生きているのだ。

演出の挨拶にあったように「人間の、謎に迫った」良い作品だった。


すばらしい芝居をありがとうございました。
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